歯の形態形成原論補遺
目次
第一章 「歯の形態形成原論」の目的、研究動機、要約

第二章 歯
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第三章 体制と対称性


第四章 鰓弓の特徴


第五章 進化への展望


歯とは何か?(歯の定義)

 歯についての教科書、比較解剖学的著書は数多くあり、いろいろな動物の歯の概要を知ることができます。しかし「疑問」に書いたように歯の統一的、体系的な説明はどれ一つないというのが現実の問題です。ここでも教科書を読んで歯を理解したと考えるのは錯覚です。歯から進化を考えるには少なくとも
100種類の歯を観察する必要があります。もう一方で「歯とは何か?」を理解するのには体の原則(解剖学)の理解が必要です。言葉を換えれば歯を貫く原則は体の原則に由来する、と言ってもよいと思います。歯を研究するときには常に体全体が頭の中に息づいていなければなりません。ここではまず歯を定義し、それから歯の具体的な問題に入っていきたいと思います。この記述は概略にとどめていますが今後、序々に観察を加えて書き加えていくつもりです。

   歯と体の模式図


歯の定義

 歯は顎骨弓の上で対称的に分布する分節である:歯は顎の骨の上に植立している、というのが一般的が印象ですが、広く動物を見ると歯の構造をしているのは胃から体の表面まで分布しています。また我々のリン酸カルシウムで形成された歯以外にも炭酸カルシウムの歯やキチン質の歯など動物によっていろいろです。このうち歯と呼ばれているのは主に消化器の入り口に形成される構造が多いようです(ほかの歯のような構造は小歯とか棘と呼ばれています)。ですから我々の歯は顎の上の歯つまり「顎歯」と言います。顎の縁に一つ一つ生えています。口を大きく開いて全体的を眺めると分節状で、しかも上下、左右対称に位置しています。これは消化管の内輪筋層や外縦筋層の水平断の放射対称と同様です。

 顎歯(以降、とよび歯は脊椎動物の歯を指します)は顎の骨の上に植立します。顎は顎骨弓(医学的には第一鰓弓と言いますが、動物学では顎骨弓、次いで舌骨弓、それ以降を第一鰓弓、第二鰓弓と数えます)の上に位置します。消化管の先端が顎骨弓を含む鰓弓です。鰓弓は体の頭部に位置します。つまり鰓弓は頭頸部とくゆうの構造であり、消化器の先端であり、鰓弓の先端が顎骨弓から形成される口腔ということになります。

大切なことは歯を理解するには頭頸部、鰓弓、消化器系を理解しなければならないと言うことです。次にこれらの構造の特徴を観てみます。

頭頸部の特徴:頭頸部は骨盤と対称的な構造をしていますが、特徴は次の通りです。まず中枢神経があり、脳神経が分布する。感覚神経節が顔面側(腹側)に位置する。脳神経の迷走神経(副交感神経)が頭頸部はもとより骨盤内臓を除く胸部腹部にまで分布する。脊髄神経のような分節が明確ではない。鰓弓と口腔が形成される。

鰓弓の特徴:消化器の最前部でありながら体壁(体節)と同様の骨格構造があることが最大の特徴です。細胞の移動が激しい(下垂体、甲状腺、上皮小体、胸腺、肺、横隔膜、横隔神経、舌筋などなど)領域であり、鰓腸と言われる前腸の最先端です。つまり、鰓腸は体壁の要素(体節)と消化管の要素(消化管の分節)の交錯する領域と言うことになります。このような細胞の動きから、体壁(体節)の要素が消化器の鰓弓領域(鰓腸)周囲に侵入し、体壁どうようの骨格構造が形成される、と理解することができます。鰓弓の分節構造を分化させる遺伝因子は、それゆえ体節とは当然異なりますが体節のホメオボックスと類似した働きをして、各鰓弓の上にさらに分節構造を作ります。鰓弓の分節は、魚類などの鰓弓で明らかです。この鰓弓の最先端それが顎骨弓であり、そのまた分節が歯堤に現れる歯種の分節(切歯領域、犬歯領域、小臼歯領域、(大)臼歯領域)です。各歯種の領域の分節が各歯となります。歯の分節が歯冠と歯根、この分節が各咬頭と各歯根、その構造(組織)の分節がシュれーゲル条ということになります。

歯系とは

以上の特徴を鑑みながら歯を観ると次のような点が見えてきます。理解しやすくするために全体から部分へ体系化してみます。
 まず歯の部位的違いや交換などを含む歯全体の問題、ここでは歯系と呼びます。Dentitionの意味の一部です。歯の数の問題、これは歯式の問題でもあり、歯の部位による形の違いの問題も含みます。そして歯の形の問題、歯の構造の問題、そして歯の構造の元となる歯の石灰化の問題です。

1 歯系 

歯は顎骨弓の上の分節構造です。歯の分節は神経や血管の分節的分布でも理解できます(系統解剖学の教科書を参考にしてください)。歯の発生を観ると上皮の分節が歯を分化させる契機となります。上皮の分節は、皮膚では毛や爪、腺など、消化管では、腸絨毛、胃小区、腺などなどです。このうちやはり毛などの分節が歯に近いようです。それは鰓弓の特徴からも納得できると思います。故に交換します。これが大原則です。後から詳しく記述しますが、毛などと違うところは、真皮あるいは粘膜固有層に石灰化組織(象牙質、セメント質)が形成されることです。これは皮下組織あるいは粘膜下組織にある靱帯や骨と結合します。 歯は交換する、これは皮膚などの大原則であり、交換回数が減少して哺乳類の歯に至るのです。

 では歯の交換回数の現象はどのようにして起こったのかというと、歯の多様化(形態と組織)に従い形成に時間がかかるようになったためです。歯の減少は、このような歯の形成の問題だけではなく顎の分節の減少が重要な要因となります。顎の分節は原始的な動物では多数の骨によって形成されていることから多数の分節があったことが示されていますが、徐々に少なくなり哺乳類ではほぼ切歯部、犬歯部、小臼歯部、(大)臼歯部の4つとなりました。この分節名は私が歯の形態(歯種)から考えたものです。この分節を発生学的に示すのが歯堤です。
 以上から言えることは、切歯は「切歯骨の上にある歯」という定義は誤りで、「切歯部に分化した歯」とするのが妥当だと言うことです。

 交換回数の減少は、発生学順序では最初にできた歯からも、後からできた歯からでも減少するし、途中の歯だkらも減少します。それは歯が生える顎の空間的な問題と絡みます。分節の減少も前(近心)からも後ろ(遠心)からも起こります。また各分節のいろいろな部位でも、どこからでも減少します。この減少パターンは種によって頃なります。
 歯の減少は歯だけを観ていても解決しません。顎全体の分化を顧みる必要がある、ということです。

 2 歯数

 歯の数は顎の分節と密接に関連することを1で記述しました。顎と関連すると言うことは、一報で頭頸部、ひいては体全体と関連すると言うことです。また各分節にそれぞれ特徴を持ちますがそれも含めて種の特徴となります。とくに哺乳類では種によって特徴が多様で異なるため、種ごとに理解する必要があります。例えばラットでは犬歯領域が退縮する、ゾウでは上顎の切歯領域はあるが下顎にはなく、同時に犬歯領域が退化消失しているなどなどです。
 このような各領域の特徴と歯を連動して歯式を理解する必要があります。
 と同時に、それ故、哺乳類の特徴が歯式に示されると言うことになります。これが歯式が哺乳類では種などの特徴となる根拠となります。

3 歯の形態

 歯冠と歯根:歯には歯冠と歯根を区別できますが、とくに両生類、爬虫類、哺乳類ではこの区分が明確です。サメなどでは両者が明確には区別がつきません。さて、歯冠と歯根を定義すると、歯冠は上皮の分節に由来する構造、歯根は上皮の分節にたいして対称的に分化する真皮あるいは粘膜固有層の構造と言うことになります。両構造は対称性として理解すると色々な問題が明らかになります。

 それ故、とくに哺乳類の歯は歯冠歯根共にいろいろに形態分化するのですが、それは歯冠では膨隆の増加となって現れます。大きく安定した構造になると切縁結節、尖頭、咬頭などという名称を付けられます。このような構造は必ず歯根を伴います。歯根が明瞭に分離していなくても、歯を詳細に観察すると歯根の跡(痕跡)があります。つまりこのような歯根を伴う安定した歯冠の構造を咬頭という用語で代表させると、「咬頭は歯根を伴い、歯根は咬頭を伴う」と定義できます。これは変異が称するのは歯冠だけではなく歯根が先の場合もあり、その対称構造として咬頭が形成されることもあるからです。咬頭、歯根の対称性は歯の形を詳細に観察すると理解できます。

 咬頭と歯根の形態分化と名称: 
 さて、複雑な形態を示す歯冠と歯根ですが、この発生様式は上下顎、そして左右顎が対称です。つまり咬頭や歯根は歯の分節構造なのです。分節構造が増えることによって歯の複雑な形態が生まれます。発生を見ると最初の分節は、比較的大きくなりますが、後から分化した分節が大きくなることもあります。そして、分節の増加は、顎の面では近心と遠心、頬側と舌側へ向かって対称的に広がるように分化します。これが構造も対称性を持つという発生学的な根拠です。

 分節の増加ないし分化はすべての歯に起こります。ゾウの牙(側切歯)もエナメル質のある尖頭が二分することが知られています。またラットの切歯も同様です。疑問に上げたシシオザルの牙の溝はこのような分節分化の痕跡とみることが出来ます。

 この様な分化パターンは、同時に、プロとコーン、パラコーンなどという(系統発生学的と言われる咬頭の)名称がごく限られた種類に限定して使われるべきで、哺乳類一般に普遍化すべきではないといいうことです。もし使うとすれば種類によって使い分けるべきなのです。
 同時に、大切なことはこの発生様式が、すべての歯の構造に共通するということです。と言うことは、ヒトの歯を例にとれば、切歯の中心切縁結節、犬歯の尖頭、小臼歯の頬側咬頭、(大)臼歯の近心頬側咬頭がいずれも最初に分化する相同構造と言うことになります。

4 歯の組織

 歯の組織はエナメル質、象牙質に代表的な構造はシュレーゲル条(ハンターシュレーゲルの条紋)です。この形態は、其々の構成単位であるエナメル小柱と象牙細管が集団を形成し、一定の周期をもって配列を変化させるために現れる構造です。歯の構造のバランスを取っています。
 よく観察するとエナメル質や象牙質の形成過程において集団と動きが変わります。それ故、Grouping and Dancingと呼ぶことにしました。よく観察するとこの構造はそれぞれの歯種で歯の構造的なバランスをとり物理的強度になっていることが分かっています。
 歯の組織として、歯周組織のセメント質、歯根膜、歯槽骨もほぼ同様の組織形態をとります。

   クマの犬歯のシュレーゲル条

5 石灰化

 石灰化の問題は、結晶形成とエナメル質、象牙質、セメント質そして骨という一定の組織構造を形成する要因です。結晶形成は、最初の結晶(結晶核、あるいは種結晶)の形成と結晶成長に分けることが出来ます。両者に関与するのが有機基質であり、生体鉱物の特徴でもあります。

エナメル質
 エナメル質の結晶核は、有機基質の中に形成されます。この有機基質は今のところエナメリンと推定されていますが、なぜその中に濃縮されるか未だ分かっていません。結晶成長は、有機基質に包まれた中でアモルファス結晶へ、やがて六角柱状の結晶へと成長します。アモルファス結晶はリボン状の結晶と言われグニャグニャまがっていて分岐しています。エナメル質の特長は有機基質がエナメル質の形態を作りますがやがて脱却され消失することです。有機基質の脱却に伴い空いたスペースに結晶成長が起こるため、結晶は大きく成長します。有機基質の脱却は均一ではないため脱却空間もまた様々となり、結晶が不規則な六角柱状形となり、やがて癒合して不規則多角柱状となります。

   エナメル質の結晶の原子配列


 シュレーゲル条の形成は有機基質の段階で形成されます。つまりアメロジェニンという有機基質が線維状でエナメル小柱の形に添って配列します。これの形はエナメル芽細胞のトームスの突起によって作られます。つまりトームスの突起の形によってエナメル小柱の形が決まることになります。エナメル芽細胞は動物種によって形態が異なるため、エナメル小柱の形も動物種の特徴を示します。ただし、エナメル質形成過程に沿ってこの形態は変化します。その変化はシュレ―ゲル条の形態変化と連動しています。

象牙質
 象牙質のシュレーゲル条は象牙などの縞構造です。これは上記のごとく象牙細管と周囲の膠原繊維が周期的に配列と形態の変化をするために現れる模様です。この膠原繊維の間に結晶が沈着します。結晶核は、膠原繊維を構成するトロポコラーゲン(プロコラーゲン)の配列の僅かな隙間(ギャップゾーンとかホウルゾーンと呼ばれている)に形成されると言われていますが、その隙間はリン酸やカルシウムのような大きさがないためそこで種結晶が形成されるのは無理があります。最初の結晶は、膠原繊維以外の有機基質である象牙質シアロプロテイン(
DSP)の中に形成されるようです。これはまだ確認したわけではないのですが、膠原繊維周囲に最初の結晶が析出することから十分に根拠のある仮説です。しかし、膠原繊維にしろシアロプロテインにしても脱却されないため結晶は多く成長できません。ちなみに多くの教科書では結晶の形態は六角柱状と書かれていますが、実際は六角扁平状です。
 膠原繊維は、エナメル質の有機基質のように脱却をしません。それ故に結晶形態はエナメル質に比べて小型、しかも扁平な六角板状です。

   象牙質の結晶


セメント質
 骨と同様の構造をして、単位状(集団として)に沈着します。骨は骨単位ですが、セメント質は決められた名称がありません。象牙質と異なり細胞がセメント質や骨の基質の中に埋入しています。その埋入の様子からエナメル質や象牙質と同様の周期性が伺えます。石灰化は膠原繊維の間に結晶が沈着する象牙質と同様の構造です。種結晶形成は必ずしも明らかになっていませんが、象牙質同様に膠原繊維の間にある骨シアロプロテイン(
BSP)が関与しているのではないかと考えられます。

注 私はエナメル質の結晶核が有機基質の中に成長するこの仮説を「スペース説」と呼んでいます。桂(1999)はいち早く膠原繊維の隙間(ホールゾーン)が無いことを立証するとともに、膠原繊維の間の隙間から結晶が形成されることを「ナノスペース説」として提唱しています。

6 歯の起源

7 魚類の歯

8 両生類の歯

9 爬虫類の歯

10 爬虫類から哺乳類へ(獣形爬虫類と爬虫類型哺乳類

11 哺乳類の歯

12 歯の進化