解剖の世界ではマスコミには載らない方のほうが実力十分の先輩が多いように感ずるがどうでしょう。
これらの先輩諸氏を仰ぎ見ると必ず優秀な師匠の下での厳しい修行をされています。
師匠と修行は必要条件なのです。
私には次のような師と友があり、常に鍛えられ、いつも議論し考える機会を与えてもらってきました。
恩師(敬称略)と呼べる直接接することができたのは次の方々です(カッコは専門分野)。私の場合は幸運と言うこともありますが、未知の領域に挑むためにいつも必要な分野の師匠を紹介していただき、教えをいただいてきました。
とくに修業時代の東京医科歯科大学の解剖学教室は当時世界的に見ても超一流の研究者が集まっていた、とある解剖学者の感想です。
研究の成果の少なさは自分の能力の至らなさですが、いつも自分の環境の良さに幸せを噛みしめています。
井尻正二(哲学、古生物学)
地質学、古生物学、考古学、解剖学、発生学、哲学、美術なご多彩な方面の業績があります。私は歯の関係のみの評価しかできませんが、1.歯の形が顎に影響される、という考えを世界に先駆けて実験で証明され、2.哺乳類の基本歯式を否定し、3。歯の形態形成の理論をうち立てられました。これらの評価が日本でさえないのが不思議です(というより理解できる人がいないのでは・・・と感じています。)
三木成夫(系統解剖学)
心臓と脈管の発生に基づいた比較解剖学では顕著な業績を残されました。お酒が飲めないのに、此方だけ頂いて天ぷらをごちそうになりました。
平光試i(発生学)
発生学の心を教えていただきました。ナメクジウヲの心臓を始とした先駆的な仕事をされました。助手の当時からたとえ相手が教授でも果敢に論争する姿に感心したものです。三木先生と一緒の研究室にいたのを懐かしく思い出します。
桐野忠大(歯の比較解剖学、最後まで歯の形態の根拠となる比較解剖の重要性を説いていました)
一條尚(解剖学、組織学、電子顕微鏡、エナメル質などの薄切技術、エナメル質の超簿切片を作製し、原子配列を世界に先駆けて観察した)
桐野(左)・一條(右)の師弟のコンビです。朝早くから夜遅く、最終電車に間に合わない時間まで扱かれました。
小林茂夫(解剖学、学位を頂きました、桐野先生の弟子です)
上の写真は揮毫していただいたものです。
「学問の 静かに雪の 降るは好き」(新潟大学脳研究所の中田瑞穂先生作)は仕事の部屋に掲げています。
H.J.Holing(生体鉱物学、生体の種結晶形成に関する先駆的な仕事をされました。いま振り返る人が少ないのが不思議です)
平井五郎(生体鉱物学、日本の生体結晶の先駆けで、理論家。約二十数年間時に当たっての議論の相手でした)
大森昌衛(古生物学、古生物学のゼミに出させていただきました。歯の形態形成原論の執筆では細かいところまでご指摘を頂きました。私の結論に対する数少ない理解者でした。)
この方々以外にも次の方々がおります。
萬年甫(脳の解剖学者、直接観察の哲学を教えていただきました。)
私が定年になったのちいろいろお世話になったおり、「定年になるとみんな仕事をしなくなる、君は仕事を続ける戦友だよ」と、忘れられない言葉をいただいて感激しました。
本松清行(解剖学、時に当たって相談に乗っていただきました。一條教授とは同期の桜です)
亀井節夫(古生物学、長鼻類の研究を指導していただきました。井尻さんの弟子です)
直接研究指導を受けませんでしたが、事に当たって(とくにエナメル質の研究の先輩として)お世話になったのは、
日本歯科大学の故須賀昭一教授
東京歯科大学の田熊庄三郎教授 の方々です。
白川静、
大野晋、
網野喜彦
の各氏の著書から吸収いたしました。恩師と勝手に考えております。
わが友とはいつも議論をする相手です。友人少々とグループ名のみ挙げさせていただきます。
爺の会(三G会議)(勝手な名称です) 畏友の東雲のアニイこと脇田稔(前北海大学道副学長、北海道大学名誉教授)、茂原のアニイこと山下靖雄(東京医科歯科大学名誉教授)の方々と月に一度あつまって勝手なおしゃべりをします。
エナメル質比較発生学懇話会(2-3年に一度日本のエナメル質研究者が研究発表します)
フロンティアミーティング(毎年、日本を中心に歯の研究発表をします)
このようにしてみるといかに多くの方々にお世話になったか、感謝感謝です。振り返って今の若き研究者は恩師の不在を誇りにしている方が多いように見受けますが、親が無くて子が生まれないように師と友は研究にとって大切な条件だ、と考えています。