知との出会い・・・・・私が影響をうけた人

解剖学 そして、哲学、感性、否定の神精神


 井尻先生にお会いしたのは、学生時代に先生の『科学論』を読み、研究指導をお願いしたのが初めでした。以来、現在まで見ず知らずの私に公私にわたり多大な教えを与えてくれました。先生は「弟子は持たない」と言われていますが、その許には一流の研究者をはじめ錚々たるメンバーが出入りしています。おこがましい限りですが私も弟子を自称しているわけです。先生を通して、その教えはもとより、当代一流の先生方に師事し交流することができたのは自分でも「師に恵まれた」幸せな研究者だ、と感謝しています。『井尻正二選集』をひもとけば分かりますが、先生から学ぶものは研究をはじめ、哲学、芸術、社会の組織、生活上のイロハにまで及び一言では片づけられません。

 在りし日の井尻正二先生

私の学生時代にはオバーリンの『生命の起源』、今西の『生物社会の倫理』が読まれ、生化学、生態学が盛んな時代で、私は自分の研究の進む方向を、現在の生物と過去の生物の進化の事実を統一できないか、とぼんやり考えていました。その時読んだのが先生の『科学論』でした。

先生が強調されるのは哲学の必要性です。「哲学は即効薬ではない、いずれは血となり肉となるのだから、日常の勉強が大切である」「哲学は日常生活に結びついている」と指導し、思い込みや先入観による研究や行動を「観念的」と厳しく注意されます。先生に導かれ、マルクスの『資本論』からヘーゲルの『精神現象学』『大論理学』『小論理学』まで触れることができました。石灰化の仕事で師事した留学先のHӧhring先生(Münster大学)も、科学における哲学と芸術の重要性を常々説いてくださり、得難い師にあったと思っております。

 いまなお健在のへーリング先生

井尻先生は、研究における芸術の重要性も説かれ、感性を鍛えることは勘に通ずると論されます。先生は、故郷の先輩である詩人吉田一穂ゆずりの強烈な勘=感性による否定の精神をひもとかれています。そこでは批評や評論は排除され、発展に結びつく否定の大切さを説きます。従って、先生は世に言う評論家や批評家を嫌います。「彼らが何を創造したのか」と……。先生は研究面の徹底した「しごき」を主張します。ある大学の学長が挨拶に立った時、今でも「非常にこわい人」と先生を表現していました。先輩達から言わせると私が教えを受けた先生は「好々爺」だと言われていますが、何故かこの話を聞きながら妙に安心したものです。


 科学の指導に当たって、先生はC.ダーウィンの観察量の多さ、歯の発達Osbornの大著『Proboscidea』を挙げられます。私も百種の動物の歯を見れば(観察すれば)、比較解剖学と言って良いと言われました。百種の動物の歯のreportへの道程は非常に苦しかったのですが、過ぎると世界中から問い合わせが来るようになり、少し自身が湧きました。しかし、まだ二百種類を越せない状態です・


 先生は三千人の「野尻湖の発掘」の組織者として、旧石器の概念を新しくされたのは既知の通りです。その組織作りは井尻教と言われます。状況を客観的に分析し、人の気持ちをつかむ、先を十分に読む、そして何よりウソは言わないという政治性を身をもって教えていただいています。当代流行の、ウソをついて駆け引きするのは果たして政治力なのでしょうか。


 解剖学は井尻先生の紹介で三木成夫先生に師事しました。「十年に一編論文を書く」と豪語した方です。講演はいつも超満員でした。先生の体を「極性」として捉える方法は井尻先生の対立物の考えに近く、常に化石=進化に根拠を求めました。私が秩父に古生代の地層を見に行くと伝えると、「よーく顔を見て来てくれ」とおっしゃっていました。井尻先生は師と仰ぐ藤田恒太郎先生が化石採取にまできて落盤にあった話をされますが、一流の解剖学者の共通点が偲ばれます。三木先生は、東京芸術大学に移られましたが、「松戸は近いのに小澤君はあまり来ない」ともらされたのを伝え聞きました。それを果たせず先年逝かれてしまい残念です。


 在りし日の三木成夫先生

三木先生の紹介で発生学について師事させていただいたのが平光試i先生です。発生学の基本を容赦無く教えていただきました。

  在りし日の平光試i先生 


 
 歯を学んだのは、藤田先生直系の桐野忠大先生とそのグループの方々です。基本的な歯の鑑別から、藤田先生の収集された、恐らく日本一の歯のコレクションで比較解剖学をたたき込まれました。現在は松戸歯学部の先生方や大学院、学生諸君に教えをいただいています

   

在りし日の桐野忠大先生と一條尚先生の師弟

このようにみると、つくづく私は師に恵まれていたと感じます。井尻先生は自分の師として、叔父である東大教授だった動物学者谷津直秀、東大教授の解剖学者の藤田恒太郎、哲学者見田石介、詩人吉田一穂の諸先達を挙げられます。私もその点では余りひけはとりませんが、如何せん才能が及ばず、師の域を超えられないのが現状です。いっぽう学生諸君の師の選び方が、一面的、自分の専門に偏りすぎている、と感じるのは杞憂でしょうか。

(桜門春秋67号1996年に一部加筆)

 

      

 

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