私の研究 歯に魅せられてー歯の正体を求めるー


研究の発端

人間の進化を子供のころから不思議に思っていました。化石では何億年前の細胞や組織、遺伝子の研究は無理と考えていましたが、大森昌衛先生の本に糞化石は腸の形態を保つとあり、化石でも今の生物と同様に研究ができればと、「科学論」を著わされた井尻正二先生の門をたたきました。即座に東京医科歯科大学の解剖学教室を紹介され、歯の勉強と研究に入りました。石灰化の学際的共同研究「硬組織研究」が井尻、桐野、荒谷、田熊、須賀、一条等々の先生方で出版された頃です。卒後すぐに大量の歯を観察し「おもしろさ」を勉強しました。この時の発想が研究の原点です。ヒトの脳の発達を観れば、二十代までに行われた教育効果が基礎となり発展するものです。今の大学改変等々が、先端的研究のみにスポットを当て基礎的教育、大学教育の軽視へ結びつくのを危惧しています。研究に支えられた大学教育の使命は普遍でだからです。基礎のうえに発達発展する、という進化の歴史を変えるられるなら別でしょうが。


歯はおもしろい

 歯は魅力的です。米粒のような歯、ヒトは数グラム、象牙は何百キログラムです。体の中で一番硬い(水晶と同じ)のに一番柔らかい組織(歯髄)を入れています。体の他の組織にないエナメル質や象牙質などもあります。ヒトの乳歯と永久歯は、一定数ですが、他の脊椎動物は何回も交換し無数の歯を持ちます。よって歯は減少傾向だといわれますが、中間的動物はいません。歯は硬いので化石も現生種も同様に研究できます。誰でも歯の進化と発生の解明への欲望に駆られますが、ほとんど分かっていないのが現状です。化石の歯の膨大な研究は歯学部教育の基礎となっています。私は机の上に歯を置きいつも見ていますが、優秀な若手研究者が歯に興味を示さないことに一抹の不安を抱いています。尖端的な研究は大切ですが、歯は基礎的な研究もまだわからないことが膨大にあります。


研究の視点

 研究は、構造解明、発生と分化(個体発生)、比較解剖(系統発生)の三軸で進めています。マクロからミクロの世界へと入り、エナメル質の超薄切片を切り、原子像を電子顕微鏡で捉えた時はふるえました。研究は感動の連続です。ヒトをはじめカンガルー、ゾウ等々の歯と発生を観察しました。なぜゾウか?「もっとも特殊化したものにはすべての進化の要素が含まれる」を研究の命題としています。ヒトとミミズの遺伝子がそれほど違いがないことは、ゾウの遺伝子とも似ることを意味します。ここに比較解剖の原点があります。その結果、歯の進化の道程をおぼろげに捉え、歯の形の決定要因の解明に取り組んでいます。

    マンモス複雑な歯とヒトの臼歯


研究の成果と価値
私の研究は地味ですが掛け替えのないものと自負しています。ノーベル賞的研究は素晴らしく、尖端的研究は重要です。しかし研究に区別はあれど価値に差はない、と確信しています。数値化による評価が進んでいますが、モナリザを数値化して鑑賞する時代がくるのでしょうか。数値化に走る研究者に自信のなさを窺い見る思いです。私の研究は、大英博物館やロックフェラー研究所等々、内外の友人、大学院生、教職員、そしてわが日大の研究環境に支えられました。掛け替えのないこの環境は誇りです。これを発展させ後輩に伝える義務を感じています。

 

エナメル質結晶の原子配列です。

 

(桜門春秋 102号 2005年 一部改稿)