チタンインプラントを考える ―生体鉱物と進化―

 
 今、チタンが高騰している、希な金属と言うことで中国が輸入の大元、四川省の震災の影響である。チタンを使った生体材料インプラントの高騰が心配だ。私は仕事柄(解剖学)生体の代替材の研究にも携わり、臓器再生のプロジェクトにも関わっている。その点から代替材について次のような感想を持っているが如何なものだろう。チタンが生体(関節や骨、歯)の代替材として使われるのは、物理的な耐久性と生体親和性がよいというのが最大の理由で一応了としよう。しかし、気になるのは、生体鉱物研究の一翼を担っている(と自認している?)古生物側からのチタンへの声が聞こえないことである?多分私の勉強不足とは思うが・・・・・。

 
 チタンは生命の歴史で生体の主な硬組織材として使われたことがないことにこだわって私は実験を進めている。チタンが本格的に使われたのはせいぜいこの
3040年だろう。チタンの有効性は認めるし、積極的に使用すべきであると考えている。しかしながら研究室の歯科医師に調べてもらった結果、案の定重症のチタンアレルギーを見いだした経験がある。とはいっても、殆どの場合はチタンは一応(?)生体材料として有効に作用していることも事実なのである。しかし、永遠の生体素材として使える根拠となるとどうしても心許ない。我々が体へチタンを応用すすのも進化の一部と考えれば、これを通してチタンが新しい生体材として体内へ取り込まれる契機となるのか、あるいは排除される運命にあるのだろうか。あるいはこのような問は無意味なのだろうか。
 
 チタンが進化の過程で使われなかった原因は、希な金属だからなのか、体と本質的に合わなかったのか、議論が欲しいところである。私はこのこだわりから離れられないのである。 (そくほう
638号 2008年 一部改変)