脳を固める・切る・染める ―先人の知恵― 萬年甫著 メディカルビュー社 2011

そして 脳を鍛える! 重く、迫力のある、勇気付けられる一言

 
 大森さんの鍛えられた脳を紹介しようとしていた矢先亡くなられた、そして今、柴田さんが他界された。残念です。しかしまた一方で嬉しい話もあり本と共に紹介します。

 
 一つは、私の定年の卒業試験に「歯の形態形成原論」(わかば出版 
2011)を出しましたが、その内容の批判を「目が悪い」とおっしゃる大森さんに無理にお願いしました。他に人が居なかったのです。さすが鋭い体系的で系統的なご批判に舌を巻きました。その後、ご子息に読ませたいから「本が出来たら直ぐ送れ」とのお手紙を頂きましたが出版の直前に亡くなられました。でも、序を頂きました、これが絶筆かと思うと感無量です。柴田さんにも同様のことを感じました。脳は鍛えて本物になり衰えにくいのだ、と反省しています。

 
 私の本は、解剖、発生、古生物、再生医学までの内容です、もう一人序をお願いしたいと思いついたのが、解剖学の泰斗である萬年甫先生です(そくほう
630号に紹介)。しかし脳で世界的とはいえ歯は全くの素人、躊躇し逡巡していた時、本松清行さん(肝臓の世界的権威である和気健二郎先生の染色を一手に引き受けた方)に相談した。すると「専門が違っても学問の本質に変わりはない、良ければ核心は分かるはずだ」(兎に角お願いせよ!)という激励の一言を頂いた。なんと重い、迫力有る、嬉しい励ましの言葉だろう。細分化と効率一辺倒となりつつある近頃の大学では聞かれなくなった一言である。
 
 蛮勇を奮い起こして電話をすると、「兎に角お出でなさい」と。さっそく大量の原稿をコピーして、既刊の「歯の比較組織ノート」をも携えて、昨年夏の異常な暑さを感じるゆとりもなく、お宅に伺った。学生時代、井尻さんに古生物学をやりたいと電話をし、「明日の
4時に来い」と言われ、あまりの緊張のため「朝ですか?」と取り違え、呆れられたことが、走馬燈のように蘇った。あれが「入学試験」とすれば、今回は「卒業試験」か「中間試験」か。

 
 恐る恐る「実は・・・」と切り出すと、まず見せなさいとのこと。原稿と本に一瞥をくれ「綺麗なものだなー」とボソッと漏らされた。この一言が私の琴線に触れました。
40年間の苦労が消し飛んで帰路につきました。これを会員の皆様にお伝えしたかったのです。良き師(上記のすべての先輩に教えを受けました)、良き友、良き後輩に恵まれた研究生活だと自ら合格点を与えた次第です。蛇足ですが、今度お邪魔して一杯飲みながら井尻さんの件などゆっくりお話しすることになっています。そして高齢にもかかわらず上記の本を出版されました。そこには埋もれた世界に誇るべき日本の脳の研究者を紹介しています。是非ご一読ください。                                                       (そくほう 672号一部改稿)