盲点?
歯は、動物とくに哺乳類の種の判定に重要である、とはよく言われる。○○ドンのドンは歯の意味オドンス(Odons)から由来するのだから、と。そして歯の形態はCope以来の歯冠に関する三結節説で命名されている。これは歯に関する比較解剖学のどのような成書にも記述されている。そして歯に関する研究は、どの咬頭が三結節説にもとずくどれに相当するのかに心血が注がれる。しかし、体から歯を観ると意外な事実が浮かび上がってくる。
歯は咬頭がある歯冠だけではない。無論化石として残りやすい歯冠は重要だが、歯冠以外に歯根があり、中に歯髄がある、外には顎骨がある、のである。しかし、歯の進化学説には歯根や歯髄は殆ど触れられていない。むろん顎骨と歯の関係の議論も少ない。何故か?これが第一の疑問。そして歯式、これも種によって歯の数と形が一定である哺乳類にとって重要な形質である。そして哺乳類には乳歯と永久歯がある二生歯性ないし一生歯性であることは既知の事実に近い。ところが爬虫類より原始的な動物では何回も生え替わる多生歯性である。両者のギャップはどうなっているのだろう。これも殆ど成書では触れられていない。不勉強な私には、両者ともに数編に満たない論文しか知らない。まったく不思議を通り越して奇妙なことである。
これを盲点というか、あるいは論文にならないから触れない?と言うのか分からないが、この疑問を研究に反映させるべく仕事をしてきた。しかし、私のグループの仕事以外にこの仕事に挑んだ形跡は少ない、を通り越して殆どない。私はこれまで40年間歯の仕事をしてきたのだから約半世紀この問題が据え置かれていることになる。これは何故か?と同時に私の仕事に対して反論も賛同意見も少ない?無視されているのだろうか?興味がないのだろうと勝手に考えている。
このようなことを私なりに反省すると、木を見て森を見ない、つまり歯を体から俯瞰しない、と言うことにつきるだろうと考えている。そして教科書が聖書となってしまっているのである。如何なものだろう? 東京支部 小澤幸重
(そくほう655号2010年 改稿)