解剖学

ここではヒトの解剖学からの原則を述べます。人体解剖学つまり肉眼解剖学(系統解剖学)、組織学、発生学を含むに関する著書は国内外非常に沢山のしかも優れた本が古くからが出版され、その一冊一冊に著者の思いや主張が語られています。人体の細かい構造はこれら先輩諸氏の本に譲り、体の構造の基本、細胞、組織、器官、器官系、個体を貫く基本原則等々、そして解剖学を通してみた進化の原則について簡略に記述します。
 なぜならば、人体解剖学は細かい構造を暗記するだけとよく言われますが、それだけではなく科学として理解する必要があるからです。それには体の器官などが「どうして、その位置に、一定の形をして、存在すのか」という理由が必要です。(注1
 此処ではその理由の一つとして比較解剖学(系統発生学)と個体発生学の二点から考察します。体を構成する物質である遺伝子や有機基質までも観られ、当てはめられる法則です。そしてこの原則に則った体の構成を「体制」と呼ぶことにします。(注2

1 解剖学を科学的に捉える努力として、例えば藤田恒太郎:人体解剖学41版(藤田恒夫改訂、南江堂)の序には「父がいかに苦労してこの本をつくっていたかを、私はつぶさにみてきた」、「解剖学を、暗記する学問ではなく、理解する学問として学生に与えたい」と、科学とする苦心が述べられています。
2 体制は体のどこにどのような器官等々が位置するかという意味でOrganizationを訳したものですが、いまはBody planの用語が花盛りです。このBody planOrganizationがどう異なるのか、今までの言葉を同じ定義で別の用語に変えて良いのか、という問題が窺えます。これは雑感で記述しますが、私は体の配置は沢山の変異があるという意味を込めてOrganizationをあえてBody designと呼ぶことにしています。

 そこで始めに進化発生の原則を振り返り、この原則に基づいて人体解剖を簡略に記述します。なお、この記述は、今後順次付け加えていきます。さらに詳しく知りたい方は次の著書か「歯の形態形成原論」を参照ください。
三木成夫 生命形態の自然史 うぶすな書房 1989年 
井尻正二 ヒトの解剖 築地書館 1969

 目次
1)疑問
2)進化の原則
3)発生の原則
4)人体の構造

キーワード:変異、放散、収斂、集団、対称性、平衡、周期性、発展

 1)疑問
 
此処ではあまり語られることのない人体(動物)の疑問点を幾つか(歯の形態形成に大切な点を中心に)を挙げます。人体の秘密、人体の疑問等々は盛りだくさんの本が出版されていますが、次のような問題は余り触れられていません。この疑問の幾つかはこのホームページを読むと解決の方向へ向かうことが出来ます。

1 神経は交叉する。
2 脳神経である迷走神経が腹部内臓まで分布する。
3 頭頸部の交感神経館神経節は頸部は体節とそろわず不規則である。
4 しかも顔面には幹神経節が無い。
5 顔面部だけは感(知)覚神経節が腹側(顔面側)に位置する。
6 どのような細胞どのような器官も記憶する。

 消化管の先端(鰓弓)だけに骨格構造がある。

2)進化の原則

 生物の進化については数多の本がありますが、やはりチャールス・ダーウィンの「種の起源」に勝るものはないでしょう。その観察の量と質を超すものは今日まで無いからです。しかし、何によらず本を読んで理解したというのは錯覚です。自分で観察し、自分の頭で考え、より抽象的、普遍的法則に普遍化する試みをするのが肝要です。その意味で僅か200種の歯しか観ていない私が進化について何か言えるか、という疑問もありますが、ダーウィンから学びつつ自分の範囲内から思考した現時点での到達点です。これは一つの過程として将来もっともっと観察し発展させたいと考えています。
 進化の原則はダーウィンの言う変異と遺伝、自然淘汰、に殆どが含まれると考えられます。これをより整理したのが、進化過程を「生成―変化―発展―消滅」です(井尻 新版科学論 国民文庫 1977)。
 私はこれに異論はありませんが、もう少し次のように砕いて考えています。

1、発展(進化)は、大きくみると宇宙の原則であること、だからすべての物質は安定(平衡、Balance)に向けて変化すると言うことです。そして、変化に際して生ずる変異性を大切にしたいと考えています。安定に向かうが変化の過程で変異が産まれるためバランスが崩れ、また新たな安定に向けて進化する、という永遠の原則的な発展の法則です。
2 発展は変異性(変化の段階 または放散の段階 Divergence)に裏付けられます。変異は同時に、全体としてみるとほぼ対称的(Symmetry)な方向へ放散する現象として捉えることができます。これも宇宙の物質の変化と同様です。
3 変異(Divergence)は様々な(内的、外的)要因によって制御され一定の形に収斂します(発展 Convergence)。これはダーウィンでは環境への適応と捉えていると思います(適応放散)。
4 井尻らの4段階は代表的な種類のもので、途中の段階で消滅する種が殆どであることも事実です。
5 進化の過程は種によって異なる様々な周期性(リズムRhythm)があります。これも宇宙の物質にリズムが有るのと同様に、宇宙に根拠を求めることが出来ます。
6 リズムは種だけでなく個体、器官、組織、細胞等々によって異なりますが、全体として調和しています。

 3)発生の原則

(形態学的な)人体発生学そして脊椎動物の発生の原則を通して、地球あるいは宇宙の原則が観えてきます。次に歯の形態形成に関与すると思われる主要な要因を列挙します。
1発生は宇宙の進化、生命の進化と同根の生物の基本的な原則である。すべての生物は発生し分化する。
2細胞は集団になり、三次元的に組み立てられる。細胞の集団は多細胞生物まで遡ります。三次元的な構造は植物では細菌以上、動物は原生動物以外はすべて三次元的な細胞相互関係が認められます。
3 遺伝子に制御された発生とはいえ、発生初期には放散(Divergenceし変異が多い。これも進化過程と同様です。宇宙にも通ずる原則を読み取ることができます。
4 発生過程の放散(Divergence は様々な内的(遺伝因子)あるいは外的(細胞因子などなど)な制御要因によって一定の形態へと収斂(Convergenceする。これも宇宙、生命の進化と基本でつながる法則です。
5 以上を「放散」(変異、分化 Divergence)と「収斂」(成熟 Convergence)と呼ぶことにする。この過程を通して平衡(安定 Balance)へ向かう。
6 すべての個体、器官、組織の発生はそれぞれ特有の周期性(リズム Rhythmがあり全体(個体)として調和している(Balance)。
7 分化は個体形成まで繰り返し行われる。
8 放散は対称性(Summetry)をもって行われる。。
9 細胞分裂で全く同じ細胞が作られないのと同様に、対称性を持つ分化でも非対称的要素(Asymmetry 不安定性)
を含んでいる。つまり見方によって非対称となる。

10 発生の過程においては、分化(Differentiation)だけではなく、癒合あるいは融合(Fuse)がある。

 脚注 宇宙からあるいは地球から生命へ引き継いだ原則
 宇宙の原則は、地球的に分化し、さらに生物的に発展して様々な形となっています。そのいくつかを挙げます。
1 宇宙は進化(Evolutionする。
2 物質は変異から安定(Balance)に向かう。(ガス状態から結晶構造への変化など)
3 安定な構造は対称性(Symmetry)と繰り返し構造(Rhythm)が認められる。(結晶の原子配列)
4 物質構造や変化には一定の周期性(Rhythm)がある。(ガスからアモルファス、結晶の原子配列など)
5 原子は集団(Group)となり物質を作る。
6 物質は癒合あるいは融合し分裂する。

 4)人体の構造

   頭頸部と臀部などの対称性
  左右などの対称性


1.体の区分
 解剖学では、細胞、組織、器官、器官系と個体を階層に区分し、骨系、筋系など人体の構造を機能と形態、位置などによって分類する。系統解剖学では、これを骨・関節・靱帯系、筋系、内臓(消化器系、呼吸器系、泌尿器系、生殖器系、内分泌(腺)系)、脈管、神経系、感覚器系、と区分する。しかし、大まかな体の働きの順序によって次のように区分すると理解しやすい。これは三木(1989)を原案とする。ポイントは働きの流れによる理解です。

植物性器官 
 栄養を取り込み体の隅々(組織)に運搬し、体の隅々(組織)から不要物を集めてきて、体の外に排泄する系。自分の意識に関わりなく働くため自律性器官あるいは不随意性器官ともよばれる。
 栄養はガス(酸素)と水溶物、固形物があり、前者は呼吸器から、後者は消化器系から取り込まれます。
 栄養は消化器系や呼吸器系から吸収され体の隅々(組織)へ、また体の隅々(組織)から不要物を排泄器官へ運びます。この運搬を担うのが脈管系(循環器系)です。
 体の外へ、ガス(炭酸ガス)と水溶性、あるいは細胞や固形物などが排泄されます。体全体で排泄は行われるのですが、その代表的なものは尿として排泄する泌尿器系と、細胞を排泄する生殖器系です。
 以上の器官を制御するのがホルモンです。ホルモンは様々な細胞から分泌されますが、その代表を内分泌(腺あるいは器)系といい、循環器系と密接な関係を持っています。

動物性器官
 動物性器官は、体を移動させる、これは自分の意志で体を動かすという意味です。それ故、随意性器官とも言います。
 意志に従って体を動かすためには、まず外からの刺激を感覚器系で受けます。刺激は神経系によって伝達されます。神経系には体の隅々に網を張っている末梢神経系と判断を下す中枢神経系に大きく分けられます。判断した意志に基づいて実際に体を動かす骨・関節・靱帯系筋系です。
 ここで誰しも疑問に思うことは植物性器官と動物性器官の調和、律動をどのように保つのかということだと思います。それを担うのが自律神経系です(注1)。

注1 多くの教科書には、自律神経を植物性神経として不随意性器官に分布していること、脳脊髄神経由来の副交感神経と、幹神経節由来の交感神経が拮抗性をもってはたらくこと、その中枢は視床にあることが記述されています。その通りなのですが、神経の分泌や分布、働きを見ると、自律神経は不随意性器官と随意性器官の調和に働いている、というところに最大の意味があります。その交通整理の場が視床なのです。それゆえ自律神経は、解剖学的な位置と分布の分類では末梢神経でも良いのですが、むしろ両器官の間に調整期間として分類する方がわかりやすい、と私は考えています。

注2
 形態と機能は連動する、という意味から、解剖学と生理学などを結びつけて新しい項目、例えば防衛系(血液、細網内皮系、体液などなど)、排泄系(皮膚、泌尿器等々)、などの新しい試みがなされています。しかし、形をきちんと理解し、機能をきちんと理解した上で両者を結びつけるのが基本だと考えます。例えば皮膚は解剖では感覚器系に属しますが、排泄も行うし、防衛も行います。その意味でここでは形態をきちんと押さえるという視点で記述しています。

 
2.体の構造の原則

() 対称性と平衡性(SymmetryRhythm
  体は平衡性、安定性を持った構造です。簡単な例をとれば右の腰を痛めると左の腰でバランスをとろうとします。これは左右の平衡性と対称性体に起因します。このように体の殆どすべての構造は対称的に作られています。その幾つかの代表的な例を次に示します。
 頭尾の対称:一般的に動物性器官は前方に、植物性器官は後方に位置します。それだけではなく頭頸部と骨盤内蔵の神経・血管の分布は対称的です(例えば交感神経や動脈の分布)。それ故私は頭頸部と臀部の対称と考えています。発生学的にも脳神経は前方へ膨らみ、肺、消化管の大部分、腎組織、生殖腺などは尾側へ移動分化します。
 左右の対称:両手両足、目、耳、鼻など容易く確認できます。
 背腹の対称:背側には動物性器官が主に位置し、腹側には植物性器官が位置する。
 内外あるいは深浅の対称:植物性器官は内部に動物性器官は表層に位置する。また消化管と皮膚の位置的関係もこれに属する。皮膚の表皮、真皮、皮下組織と粘膜(特に消化管の)粘膜上皮、粘膜固有層、粘膜下組織も同じ。
 組織の対称性:消化管の内輪筋層や外縦筋層は水平断では放射対称の分節を作る。肝小葉の肝細胞索は放射対称などなど。
 体の中の対称は鏡面対称だけではなくあらゆる対称性を示す。
() 分節性と繰り返し構造(Segment Rhythm
 同じ細胞群の集合で組織や器官が形成される。体節だけではなく腎組織(腎節)、生殖腺、腺、筋節、消化管の分節、上記の平滑筋や心筋も分節する。骨格の分節(肋骨、上肢、下肢などなど)
() 周期性 (Rhythm
 分節は繰り返し構造をとる。発生や分化、分泌、吸収、排泄すべて一定のリズムがある。
() 全体の調和
 体の構造でも触れたが体は全体で調和をしています。お互いの器官や組織はお互いを認識し合い調和し律動します。相互関与もあります。調和に主に働くのがホルモンと自律神経です。
 発生も同様であり一つの器官がそれだけで分化すると言うことはありません。器官同士、組織同士、そして全体と相互関与し調和し律動的に分化するのです。この原則は進化にもいえます。脊椎動物とくに哺乳類は歯や特定の器官をあつかうとその器官のみの進化に目を奪われがちですが、そうではありません。常に全体との関連のもとに進化するのです。